| 熊野三山信仰について |
| 神が宿るといわれる熊野の山々。平安時代、熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社を中心とした、熊野三山の信仰が高まり、皇室や貴族をはじめ、武士や庶民階級にまで熊野詣が流行、その様子は蟻の熊野詣といわれるほどであった。 熊野速玉大社は、本宮・那智とともに熊野三山の一つに数えられ、かつては熊野権現(くまのごんげん)の名で一台宗教王国を構成していた。神倉山にまつられていた神を現在の社地に移し、それ以来、神倉山の元宮に対し、ここを新宮と呼んだという。現在の社殿は明治16年9月に炎上し、その後再建されたものである。 神倉神社は市街地の西、千穂ヶ峰の南端に鎮座する。ゴトビキ岩を御神体(ごしんたい)とし、高倉下命(たかくらじのみこと)・天照大神(あまてらあすおおみかみ)を祭神としている。熊野三所大神の降臨の地であり、日本書紀に熊野神邑(くまのかんのむら)の天ノ磐盾(あまのいわだて)と記載されている絶壁の上に、古代の人々は神がやどると信じていた。 熊野までの道には熊野権現の末社であり、休憩所や宿泊施設の役割を兼ね備えた王子が建てられていた。 |
本宮・那智とともに熊野三山のひとつに数えられ、かつては熊野権現の名で一大宗教王国を構成していた。神倉山に祀られていた神を現在の社地に移し、それ以来、神倉山の元宮に対し、ここを新宮と呼んだという。 同敷地内にある神宝館(しんぽうかん)には、1200点にものぼる国宝が保管展示されている。(JR新宮駅より徒歩15分) |
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問:熊野速玉大社社務所(0735-22-2533) |
市街地の西、千穂ヶ峰の南端に鎮座する。ゴトビキ岩を御神体とし、高倉下命・天照大神を祭神としている。熊野三所大神の降臨の地であり日本書紀に熊野神邑の天ノ磐盾と記載されている。絶壁の上に、古代の人は神が宿ると信じていた。(JR新宮駅より徒歩15分) |
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問:熊野速玉大社社務所(0735-22-2533) |
| 神倉神社と同様、熊野速玉大社に縁の深い神社で祭事は、事解男命(ことさかむのみこと)、熊野三所権現を祀っている。中世に大火にあって古文書を焼失したため、詳しいことはわかっていないが境内から弥生時代の竪穴式住居跡が発見され多くの土器等が出土した。(昭和51年4月復元)現在約1万平方メートルの広い境内には、丹塗りの社殿や拝殿・徐福の宮のほか、歴史民俗資料館などが建ち並んでいる。(JR新宮駅より徒歩12分) |
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問:阿須賀社務所(0735-22-2533)
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