3-c 『楽しき住家』の出版
『楽しき住家』は、彼の自邸建築の経験をもとに住宅の理想を語ったもので、1919(大正8)年出版されました。この書は、従来の主人とその客が重視され、主人以外の家族がないがしろにされていた客間中心の住宅ではなく、楽しい家庭生活を重視した住宅、つまり居間中心の住宅(居間式住宅)の勧めでした。
このような住宅を求める気運は当時相当高まっていましたが、しかし、そのような住宅を具体的な形にして示した単行書はそれまでは出版されておらず、『楽しき住家』は我が国で初めての居間式住宅を主張した書となりました。この書によって彼は広く人々から注目されるようになりました。
『楽しき住家』
このような書を求める気運が高まっていたのに、ほかにこのような書がなぜなかったのでしょうか。よく考えてみると、間取りの改革とはただ単に形状の変化ではなく、家族相互間の関係を根本的に変えることになります。民主的な家族観なしに間取りの変更などなし得ず、当時の男尊女卑の気風の中でこのことは劇的な変化であったと考えられます。このようなことからその理由はおおよそ推察できると思います。
彼がなぜこのような書を書くことができたのか、それは彼が熱心な清教徒的キリスト教徒の父に育てられ、また青年期には社会主義者であり米国帰りの医師であった叔父から大きな刺激を受けたことと深く関わっていると考えられます。
我が国において居間中心の住宅の出現するについて、この書の果たした役割は極めて大きく、以後堰を切ったように、同様の趣旨の発言が出現し、このような実際の住宅が現れます。
この『楽しき住家』の出版も我が国の近代住宅史上における非常に重要な事柄です。
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