3-d 西村建築事務所の作品
『楽しき住家』を出版した翌1920(大正9)年、大阪毎日新聞と東京日々新聞に「文化生活と住宅」と題した彼の論文が連載され大きな反響を呼びました。その結果彼のもとに全国の人々から設計依頼や設計相談が数多く寄せられ、それに応えるべく1921(大正10)年、文化学院創立と同じ年、まず阪神間の御影に、少し遅れて東京にも西村建築事務所を開設しました。この事務所開設の経緯はいかにも大正期らしい非常に興味深いことですが、詳しくは割愛します。彼は金持ちとしても人々のために役立ちたいと強く願っていたのでした。
事務所の建築作品は住宅、教会、教育施設が中心で、その中でも住宅が過半を占めていました。では住宅作品を事務所のパンフレットというべき小冊子『建築案内』から紹介しましょう。
この『建築案内』は関西の西村事務所が編集したと考えられ、そのためそこに紹介されている作品は関西のものが主です。次に挙げたいずれの作品も阪神間に1922(大正11)年から昭和初期にかけて建築されたものです。
江藤嘉吉邸
濱田邸
外山邸
西村事務所の作品は、外観においては、白壁、大きな三角の妻壁、彫刻などの装飾が見られない、単純な形状などの共通点があり、またより高級な住宅には自然石が荒々しいままで用いられ、白壁との対比が魅力的です。
平面においては彼の主張どおり居間を最重視した間取りの住宅が大半を占めています。
ここにあげたもののほかに「6) 今日まで遺る建築作品」に事務所の作品を見ることができます。
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